6日目は、北アイルランドの激動の歴史を肌で感じる一日となりました。
ベルファストの街に刻まれた紛争の記憶を辿り、その後はアイルランド側へと戻り、野生味溢れるドネゴール地方へと車を走らせます。
ベルファスト市内ドライブ:歴史の証人たちを巡る

2晩お世話になったACホテルをチェックアウトし、まずはベルファストの市内をドライブしながら歴史的な建物を巡りました。
世界で最も爆弾被害を受けたヨーロッパ・ホテル (Europa Hotel)
車窓から眺めたこのホテルは、北アイルランド紛争の象徴的な場所の一つです。
1971年の開業以来、紛争中に30回以上もの爆弾テロの標的となり、「世界で最も爆弾被害を受けたホテル」という不名誉な呼び名がついたこともありました。
現在は平和の象徴として、世界中のVIPが宿泊する高級ホテルとして賑わっていますが、その佇まいには街が乗り越えてきた強さが感じられます。
ベルファスト市庁舎 (Belfast City Hall)
次に訪れたのは、1906年に完成した豪華絢爛な市庁舎です。
エドワード朝様式の美しい白亜の建物は、かつて造船業で栄華を極めたベルファストの富の象徴です。
庭園にはタイタニック号の犠牲者を追悼する記念碑も建てられており、街の誇りと悲しみが同居する場所となっています。
ウエスト・ベルファスト:今も残る「平和の壁」

市街地を抜け、北アイルランド紛争の雰囲気が色濃く残る「ウエスト・ベルファスト」地区へ向かいました。
ピース・ライン (Peace Lines)

ここには、かつて激しく対立したカトリック教徒(アイルランド統一派)とプロテスタント教徒(英国残留派)の居住区を隔てる、高さ数メートルに及ぶコンクリートの壁が今も残っています。
ベルリンの壁を彷彿とさせるこの「平和の壁」には、平和への願いを込めたグラフィティ(壁画)が描かれています。
物理的な壁が今なお存在するという事実に、平和の尊さと複雑さを深く考えさせられる場所でした。



ロンドンデリー:城壁に囲まれた歴史の街

ベルファストを後にし、次に向かったのはロンドンデリー(デリー)です。
名曲「ロンドンデリーの歌(ダニー・ボーイ)」でも知られるこの街は、アイルランドで唯一、完全に城壁が残っている都市です。
ギルドホール (Guildhall)

街の中心に立つ赤レンガが印象的なネオ・ゴシック様式の建物です。
見事なステンドグラスで知られ、街の政治と文化の中枢を担ってきました。
内部の意匠からは、この街が歩んできた長い歴史の重みが伝わってきます。


聖コロンバ大聖堂 (St. Columb’s Cathedral)

1633年に完成した、この街で最も古い歴史を持つ大聖堂です。
プランテーション(植民)時代に建てられた最初のプロテスタント大聖堂であり、内部には街の歴史に関する貴重な資料も展示されています。
城壁沿いの散歩道から眺める大聖堂のシルエットは、この街を象徴する景観の一つです。


【歴史背景】北アイルランド紛争について
ベルファストやロンドンデリーの街を歩くと、美しい景観のなかに高い壁や政治的な壁画(ミューラル)を目にすることがあります。
これは、1960年代後半から約30年間にわたり続いた「北アイルランド紛争(現地ではザ・トラブルズと呼ばれます)」の記憶を今に伝えるものです。
1. なぜ紛争が起きたのか?
この紛争は、単なる宗教対立ではなく、「この土地がどの国に属すべきか」という政治的・アイデンティティの対立が根底にあります。
- ナショナリスト(主にカトリック教徒): 北アイルランドを英国から切り離し、アイルランド共和国との「統一アイルランド」を目指す勢力。
- ユニオニスト(主にプロテスタント教徒): 英国の一部として留まることを望む勢力。
長年、少数派だったカトリック教徒への差別に対する公民権運動が激化し、そこに武装組織(IRAやUVFなど)が介入したことで、武力衝突や爆弾テロが相次ぐ悲劇的な時代へと突入しました。
2. ベルリンの壁より長い「平和の壁」
紛争中、両コミュニティの衝突を防ぐためにベルファスト市内などに建設されたのが「平和の壁(Peace Lines)」です。皮肉な名前ですが、現在も多くの場所で残っており、今回訪れたウエスト・ベルファスト地区では、現在進行形の歴史としてその圧倒的な存在感を放っています。
3. 1998年:ベルファスト合意と現在
長きにわたる流血の歴史は、1998年の「聖金曜日合意(ベルファスト合意)」によって大きな転換点を迎えました。これにより、北アイルランドに自治政府が樹立され、アイルランド共和国との間の「物理的な国境」も撤廃されました。
今回のドライブで、国境を越える際に検問もなくスムーズに移動できたのは、この和平合意のおかげです。現在は非常に平和な観光地となっていますが、過去の教訓を忘れないために、あえて壁や壁画をそのまま残しているのがこの街の特徴でもあります。
旅の視点:
ベルファスト市内で見かけた「ヨーロッパ・ホテル」の爆弾被害の話や、ロンドンデリーの城壁に刻まれた歴史も、すべてはこの紛争と密接に関係しています。背景を知ることで、ただの景色が「重みを持った物語」として見えてきます。
【歴史背景】ロンドンデリーの悲劇「血の日曜日事件」
ロンドンデリーの街、特に城壁の外側に広がるボグサイド(Bogside)地区を歩くと、巨大な壁画の数々に圧倒されます。
これらは、1972年1月30日にこの地で起きた「血の日曜日事件(Bloody Sunday)」の記憶を刻んだものです。
1. 事件の概要
その日、カトリック系の住民を中心とした数千人が、北アイルランド政府による「裁判なしの拘禁(インターンメント)」に抗議するため、平和的なデモ行進を行っていました。しかし、デモの警備にあたっていた英国軍の精鋭、第1パラシュート連隊が非武装の市民に対して発砲。13人が射殺され、のちに1人が負傷が原因で死亡するという惨劇となりました。
2. 紛争を激化させた「歴史の転換点」
この事件は、北アイルランド紛争の歴史において決定的な分岐点となりました。英国軍が自国の市民を殺害したという事実は、カトリック系住民の怒りに火をつけ、武装組織であるIRA(アイルランド共和軍)への志願者が急増。それまで以上に過激な武力闘争へと発展するきっかけとなってしまいました。
3. 38年越しの謝罪と真実
長年、英国政府側は「市民側が先に発砲した」と主張してきましたが、遺族たちの粘り強い究明運動により、2010年に新たな調査報告(サヴィル報告書)が発表されました。そこでは「犠牲者は全員非武装で、軍の攻撃は不当であった」と結論づけられ、当時のデーヴィッド・キャメロン首相が国会で公式に謝罪。38年の時を経て、ようやく犠牲者たちの名誉が回復されました。
4. 現在のボグサイド地区と壁画
現在、事件の現場となったボグサイド地区は「ピープルズ・ギャラリー」と呼ばれ、事件の様子を描いた巨大な壁画(ミューラル)が並んでいます。
- 「You Are Now Entering Free Derry」の壁: 自由を求めた抵抗の象徴として、今も当時のまま残されています。
- 血のついたハンカチを振る司祭: 瀕死の少年を助けようと、白いハンカチを振って銃撃の中を進む実話に基づいた壁画は、この事件の悲劇を象徴しています。
旅のメモ:
ロンドンデリーの城壁の上からボグサイド地区を見下ろすと、その高低差や距離感から、当時の緊張感が生々しく伝わってきます。U2の代表曲『Sunday Bloody Sunday』もこの事件を歌ったものです。名曲「ロンドンデリーの歌」の優しい調べとは対照的な、この街が背負うもう一つの顔に触れる瞬間です。
スリーブリーグの霧と、ドネゴールの隠れ家
ロンドンデリーからさらに西へ。
アイルランドで最も高い断崖絶壁の一つ、スリーブリーグ(Slieve League)を目指しました。
ドネゴール・ツイード

スリーブリーグに向かう途中小さなアーダラ村という町のドネゴール・ツイードの工房兼店舗に立ち寄りました。
お店で仕立てたウールのニットが販売されているお店で、ここで日本の家族へのお土産を購入しました。
ドネゴール・ツイードはスコットランドのハリス・ツイードと並ぶ最高級ツイードと言われているようです。

スリーブリーグ (Slieve League)

海面からの高さが約600メートルもあり、有名なモハーの断崖よりも3倍近く高いという、ヨーロッパ屈指の迫力を誇る崖です。
しかし、到着した頃には深い霧が立ち込め、残念ながらその絶景を拝むことはできませんでした。
さらに今晩の宿へのチェックイン時間が迫っていたため、断腸の思いでスリーブリーグまでの道を途中で引き返し宿に向かいました。
Court Houseにチェックイン
今夜の宿は、ドネゴールの外れにある小さなペンションタイプのホテル「Court House」です。宿での絶品の夕食
地元の人々で賑わう店内は非常に活気があり、料理の味も絶品。
霧での落胆を吹き飛ばしてくれるような、温かく素晴らしい夜となりました。
宿泊なしで食事だけでもいただけます。

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